【書評】『思考の方法学』(栗田 治) ~モデル思考とはなにか?~

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思考の方法学 栗田治

今回紹介するのは、栗田治著『思考の方法学』です。

最近、似たような表題で思考ノウハウについて書かれた本ってたくさんありますよね、

しかし、本書はよくある思考テクニックの羅列に終始するような内容ではありません。

学問や研究における思考法を体系化した「思考本」です。

もちろん、だからといってアカデミックな世界でしか通用しない方法論ではありません。

ビジネスや日常生活においても、目的合理性を持った思考はとても重要です。

本書は、目的合理性を持った思考の枠組みを、とても分かりやすく教えてくれる本です。

目次

『思考の方法学』はどんな本か?

著者:栗田治
慶應義塾大学理工学部管理工学科教授。
専攻:都市工学・社会工学・オペレーションズ・リサーチなど

著者が専門とする都市工学とは、その名の通り都市の建築に関わる工学です。

ただし、工学に軸を置きながらも、都市という生活の場を設計するために、法学、経済学、社会学、心理学などの社会科学とも密接な関係がある学問です。

つまり、理系・文系といった枠にとらわれない方法が問われる分野といえるでしょう。

本書では、そんな著者が、思考を支える技術として文理問わず必要な、「モデル思考」について解説してくれる本です。

モデル思考とは?

「モデル思考」という言葉を説明するにあたり、本書が扱う「思考」についての説明から見ていきましょう。

ある目的をもって物事に対処し、納得したり解決策を見つけたりするために考える

栗田 治『思考の方法学』(講談社現代新書)より抜粋

本書における「思考」とは、「誰のために」「何のために」という目的合理性を持ったものであり、手段としての「思考」です。

「モデル」については、次のように言及されています。

考える対象となる事物を吟味して大切な要素のみを選び出し(それ以外は捨て去り)、選び出された要素(部品)同士の関係性を記述することによって、現実の真似事(模型)をこしらえたもの

栗田 治『思考の方法学』(講談社現代新書)本文より抜粋

英語の”model”は、そのまま「モデル」や「模型」と訳されますが、「モデル思考」とは言語や数式により現実の模型を作り、それを目的に合わせて適用する考え方です。

モデル思考は、目的合理性を持った思考を行うために必要な技術であり、誰もが身につけておくべきものだと著者はいいます。

それでは実際に、モデルとはどんなものがあるか見ていきましょう。

モデルの類型

モデルのイメージ

本書では、次の4つの軸をもとにモデルを類型化していきます。

  1. 定量的/定性的
  2. 普遍的/個性的
  3. マクロ/ミクロ
  4. 動的/静的

そして、すべてのモデルはそれぞれのどちらかに分類できます。

つまり、「定量的で普遍的でミクロで動的なモデル」もあれば、「定性的で個別的でミクロで静的なモデル」もあり、全部で2の四乗の16通りに類型化されるということです。

定量的な定性的か

定量、定性という言葉は、ビジネスなどでもよく使われる言葉です。

ざっくりといえば、数字で表すかどうかです。

定量的モデル
  • 要素同士の関係を数式を用いて表現
  • 実験科学のみならず社会科学でも多用
定性的モデル
  • 言語的データから法則を導く
  • 言語で記述される命題と論理操作

定量的モデルは、主に理系が扱うというイメージがあるかもしれませんが、近代経済学、社会学、心理学などの社会科学においても、非常に重要な手法です。

一方で、定性的モデルはイメージしにくいかもしれませんが、哲学や社会学においては定性的モデルによる優れた分析がたくさんあります。

例えば、以前紹介したウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』は、言語で記述される命題と論理操作を駆使して、精緻に議論を進めていく非常に優れた哲学書です。

ところで、この2つを比べてみると、ここ数世紀の科学の台頭により、定量的モデルの方に価値を置く風潮が生まれています。

たしかに「根拠はあるんですか?」と問われた際に、統計などを用いた数量的分析を示すのが最も相手を納得させられることでしょう。

しかし、著者はどちらが優れている・いないというわけではないといいます。

社会学における、デュルケームの「アノミー的自殺」やマックス・ウェーバーの「資本主義の精神」といった発見は、決して数量的モデルでは達成されない業績であるとのことです。

定量的モデルを全ての事象に適用することはできない以上、定量/定性というのは、それぞれを使い分けて考えていくことが重要なのです。

普遍的か個性的か

普遍的モデル
  • 普遍的法則を追求する
  • 理学的
個性的モデル
  • 個性的な個体把握のために行う
  • 工学的

普遍的モデルとは、例えばニュートンの運動法則などが当てはまります。

普遍的モデルであるということは、どんな時間軸・空間においても適用可能だということです。

普遍的な理を解明することであり、「理学」に属するものです。

しかし、普遍的モデルとされるものは、しばしば知識の拡大によって覆されます。

つまり、その普遍的モデルとされるものが、実は暫定的でしかなかったという場合も非常に多いわけです。

著者の言及していませんが、『科学哲学への招待』で言及されていたカール・ポパーの反証主義を思い起こさせます。

科学理論とは「反証」されていない暫定的理論が、ダーウィンの進化論のように生き残っていくと、カール・ポパーは主張しています。

実際に、ニュートンの運動法則は適用不可能な場合が見つかり、より普遍的な相対性理論が構築されることになります。

一方で、個性的な個体把握のためのモデルは、原理や法則ではなく目の前の考察対象をための分析であり、理系分野においては「工学」に相当します。

個別モデルの代表的なものは台風予測です。

台風が日本列島に接近する中で求められるのは、すべての台風に当てはまる法則や原理の追求ではなく、その台風がどのように進むかです。

もちろん、法則や原理は通常時に研究しておくべきですが、実際に被害を与える可能性のある台風が接近しているときに、そんな悠長なことは言っていられません。

この分類においても、普遍的モデルが、個別的モデルよりも優れているわけではありません。

課題の対象や緊急性などの、目的に応じたモデルを考える必要があります。

マクロかミクロか

マクロモデル
  • 大きな枠組みで集計・把握・分析
ミクロモデル
  • 個人や組織などより小さい単位

マクロ○○学・ミクロ○○学という言葉はよく使われますが、実は絶対的基準はなく相対的な区分に過ぎません。

例えば、マクロ経済学は、国家単位で一国の経済活動を分析します。

一方で、ミクロ経済学は、個人や企業の経済行動に焦点を当てて市場のメカニズムを分析します。

経済学にとって相対的に大きな枠組みならマクロ、小さな枠組みならミクロと呼ばれます。

社会学も同じように、マクロ社会学であれば社会構造や人口動態、ミクロ社会学であれば個人やコミュニティレベルでの分析モデルをこしらえるわけです。

動的か静的か

動的モデル
  • 考察対象が時間に沿って変化する様子を追求
静的モデル
  • 考察対象の現在の状況を取り扱う

動的モデルの代表的な例は、コーホート要因法による人口予測です。

男女別、5歳ずつの階層に分け(これをコーホートと呼ぶ)、各コーホート別の死亡率などから将来どのように推移していくかを予測することができます。

一方で、静的モデルとしては、地域による人口分布の分析などが挙げられます。

これはある一時点の状況を考察するモデルです。

例えば、同じ人口分布を用いるとしても、首都圏の人口分布の年代別変化から将来予測をするのであれば、動的モデルとなります。

モデル類型まとめ

ここまで、4つの軸によるモデル分類を紹介してきましたが、各分野の研究がどういった位置づけなのかをまとめてみましょう。

まず、はじめに定量的な定性的か、普遍的か個性的かという点から考えていきます。

前者はモデル分析の方法論であり、後者はモデル分析の目的に関わります。

ある考察対象に対して、”[定量/定性]的に[普遍的/個別的]な事象について明らかにしたい”を決めることで、おおまかな研究領域が定まります。

考察対象 ✖︎ 方法論(定性・定量)✖︎ 目標(普遍・個別) = 研究領域

例えば、「幸福」について研究する場合、哲学であれば「定性×普遍」、心理学であれば「定量×普遍」になる可能性が高いかと思います。

研究領域が決まったら次に重要なのが、「マクロでアプローチするのか、ミクロでアプローチするのか?」です。

例えば、企業のマーケティングにおける、自社商品の売り上げ予測のためには、売り上げ金額という定量的な指標、また自社の商品について予測できれば良いという時点で個別的なものです。

そしてその「定量的×個別的」分析を考えるにあたって、人口動態から将来的な売り上げを予測するのはマクロ的視点であり、消費者一人一人の行動の選択可能性から予測することはミクロ的視点だといえるでしょう。

そして、最後に「動的モデルを用いるのか、静的モデルを用いるのか」という問題が出てきます。

基本的に売り上げ予測のような将来の見通しを立てるためであれば、時系列を考慮に入れる動的モデルが基本です。

しかし、マーケティング分野においても、商品開発のためのニーズ把握であれば、一時点の実態を分析すれば良いため、時系列を考慮に入れない静的モデルとなるでしょう。

とにかく重要なのは、機械的に判断するのではなく、目的に応じた方法の選択です。

モデル分析の活用

モデル分析の適用

ここまでモデルの分類について紹介してきましたが、「正直研究やマーケティングなんて、自分には関係ない」という方も多いかと思います。

そこで、もう少し日常で適用できそうなモデルを活用して、実際に考えてみましょう。

本書では、複数の尺度で案を絞り込む「パレート最適」という考え方が紹介されています。

例えば、次の連休の旅行で行きたいところが10個もあり絞り切れない、という画面を考えてみましょう。

選ぶ基準としては、「非日常感を感じる旅行先を選びたいけれど、費用も気になる」といったところでしょうか。

もちろん、それ以外にも旅行先の魅力を測る要素はたくさんありますが、ここでは分かりやすく2つの要素のみで考えていきます。

まず、それぞれの旅行先の費用と非日常感を10段階で数値化します。(ちなみに数値は神奈川県在住の私の感覚と偏見なのでご了承ください。)

候補箱根日光金沢仙台京都大阪広島福岡札幌沖縄
費用1244556779
非日常感2255645679

次にこの表を、横軸に「費用」、縦軸を「非日常感」でプロットしてみます。

非日常感と費用のプロット

今回は、「非日常感はある方が、費用は安い方が良い」ので、この図の中だと一番左上(費用:0、非日常感:10)に近い方が良い選択肢だということになります。

それを踏まえて、左上に近い候補にラインを引いてみました。

そうすると分かるのが、日光、仙台、大阪、広島、福岡については、いずれも同じ費用、または非日常感でより良い選択肢があるということです。

そのため、非日常感と費用という尺度での考慮であれば、この時点でその5つは選択肢から外すことが可能になります。

これだけで決めきることは出来ませんが、ひとまずパレート最適の考え方によって、選択肢を絞ることができました。

このように、パレート最適を用いることにより、自分が設定した複数の尺度から、明らかに劣る選択肢を排除することが可能になります。

生活の中では、買い物から住居、キャリアの選択など、複数の尺度から何かを選ぶ場面に頻繁に出くわします。

そんな時「パレート最適」を意識すると、選択肢を絞るのが楽になるかもしれません。

終わりに

「思考の方法学」いかがだったでしょうか。

実は本書自体、著者がこしらえた「”モデル思考”のモデル」を提示しようとした著作といえるでしょう。

著者は、定性的で普遍的なモデル構築を目指していると思われます。

「モデル思考」という概念を言語データで記述しているため、明らかに定性的です。

また、「この場面ではこの考え方」といった個別的ノウハウではなく、思考を支える土台のようなものであるという意味で普遍的です。(本書の帯には、「一生役に立つ「モデル分析」の作法」とあります。)

このように「モデル思考」を知ることは、自分が思考するときに限らず、他人の思考に触れる際にも役に立ちます。

その人がどのような目的を持って、どう考えたかを整理することが可能になり、それに対する賛成や反対といったコミュニケーションにも繋がります。

自身の思考だけではなく、仕事や生活での建設的なコミュニーケーションのためにも、ぜひ本書で「モデル思考」を学んでみてはいかがでしょうか。

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この記事を書いた人

大学時代は社会学専攻。
現在は、事業会社のWEB/メールマーケティングに携わる。


月5~10冊ほど読書します。
好きなジャンルは哲学、社会科学、マーケティング、データサイエンスなどで、知的好奇心に突き動かされジャンル問わず読みます。

土曜の朝の「さて今日は何をしよう」というぼんやりした時間が1週間で1番好きです。

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