【解説】哲学の入門におすすめ『反哲学史』(木田 元)~重要キーワードを解説~

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反哲学史

今回紹介するのは、木田元『反哲学史』です。

20世紀頃までの哲学史が紹介されていますが、特にギリシャ哲学についてかなりページが割かれている印象です。

そして、とても読むやすいのも特徴の1つ。

哲学に興味を持ったら2、3冊目までに読むべき入門書としておすすめです。

そもそも表題も気になるところですね。

そのあたりも含めて、今回は哲学史の入門として最適な『反哲学史』の重要なキーワードを紹介していきます。

目次

『反哲学史』はどんな本か?

著者は、現象学やハイデガーの研究で知られる木田元。

かなり精力的に著作を出されており、『ハイデガーの思想』も読みましたが、非常に分かりやすいです。

さて、本書『反哲学史』の『反』とは何でしょうか?

それは著者が「はじめに」で自ら語っています。

この本での私のねらいは、哲学をあまりありがたいものとして崇めまつるのをやめて、いわば「反哲学」とでもいうべき立場から哲学を相対化し、その視点から哲学の歴史を見なおしてみようということ

木田元『反哲学史』より抜粋

そもそも哲学というのは、前時代の思想への反逆という傾向があります。

当たり前のことを言っていても、誰にも注目されず、著名にはなれません。

そしてこの著者は、今風にいえばアンチ「哲学史」の立場から、「哲学史」を解説するということです。

「アンチの方がファンより詳しい」なんてよく聞きますが、実際それはあながち間違っていないとも思います。

やはり、客観的に見ることができるのがアンチ という立場ですから、そこから「哲学史」を相対化することが著者の狙いというわけです。

「本質存在」と「事実存在」

哲学において非常に重要な概念であり、本書のテーマの1つとなるのが、「本質存在」と「事実存在」です。

本質存在・・・それがなんであるか
事実存在・・・それがあるかないか

日本語の「存在」という言葉は、私たちにとってはすなわち「事実存在」に近い用法で使います。

「そこに○○が存在する」というとき、実態として目の前に○○があることを想像します。

このように、それはあるかないかが問題となるのが「事実存在」です。

一方で、「本質存在」とは、その○○がなんであるかですから、○○がPCなのか、テレビなのか、スマホなのかが問題となります。

このように考えると、実は私たちは「存在」という言葉を、本質存在も含んだ概念として認識していることが分かりますね。

ある人がただ「存在する」とだけつぶやいても、「え、何が?」と聞き返されてしまうでしょう。

つまり、私たちにとって「存在」というのは、「事実存在」と「本質存在」とセットとなり、初めて意味を持つわけです。

プラトンのイデア論

「本質存在」と「事実存在」という概念は、プラトンの提唱したイデア論に端を発しています。

プラトンのイデア論には、形相と質料という考え方があります。

形相とはその形、つまりそれはなんであるかという「本質存在」であり、質料とはその形を再現する材料のことです。

机を例に取ると、イデアとしての机の理想の形があり、それを木材(質料)にて再現したものが、私たちの世界にある机です。

机は木材によって「実としてここにある」ということが担保されるため、質料というのは「事実存在」に関わります。

ここで重要なのは、プラトンはあくまでイデアとしての机、つまり形相に価値を置いたことにあります。

イデアとしてのそのものの理想の形こそ至高であり、質料から再現される「事実存在」はそこまで重要ではないということです。

この「本質存在」を「事実存在」に優先させる考え方は、アリストテレスから近代に至るまで、西洋思想の中で脈々と受け継がれることになります。

19世紀から20世紀かけて「実存主義」が西洋思想の1つの潮流となりますが、この「実存主義」は、この価値を逆転させようとした試みに他なりません。

逆にいえば、19世紀ですら「本質存在」の優位は当たり前だったということなのです。

形而上学的思考様式

本書の重要なもう1つのキーワードが、「形而上学的思考様式」です。

このワードを押さえる上で、プラトンの弟子、アリストテレスの思想を理解する必要があります。

プラトンとアリストテレス

アリストテレスの形而上学

アリストテレスは、プラトンのイデア論を批判的にではありますが、概ね継承していく方向へ進みます。

具体的にはプラトンの形相と質料を、次の3つの形で捉え直します。

可能態 なんらかの形相を可能性として含んでいる質料
現実態 その可能性が現実化されたもの

純粋形相 すべての存在者の最終目的

例えば、自然に生えている「木」は、「材木」という現実態を可能性として含む可能態です。

ここでは「木 : 可能態 = 材木 : 現実態」という図式が成り立ちます。

しかしさらに考えてみると、「材木」は「机」の材料となる可能性を含む可能態となります。

先ほどとは違いここでは、「材木 : 可能態 = 机 : 現実態」となります。

そして、アリストテレスは、すべての存在者は可能態から現実態へと向かう運動のうちにある、動的なものとして捉えます。

すべての存在者はそのうちに潜在している可能性を次々に現実化してゆくいわば目的論的運動のうちにあるということです。

木田元『反哲学史』より抜粋

ざっくりいえば、「存在しているものは絶えず移りゆくものである」ということです。

そして、すべての存在者の最終目的地を、アリストテレスは「純粋形相」と呼びます。

「純粋形相」とは、すべての可能性を現実化し、もはやこれ以上何も現実化するものを残していない究極の存在です。

存在者は絶えず移りゆくとしながらも、究極目的の「純粋形相」という、これ以上変わらない超自然的存在を設定したことになります。

大枠でとらえれば、これはプラトンのイデアと同じです。

そして、この考え方を含むアリストテレスの思想は、アリストテレスの形而上学といわれるようになります。

形而上学とは、形のある自然を超えたものについての学問のことです。

そして、本書ではこの形而上学という考え方を少し限定的に規定し、「形而上学的思考様式」といっています。

この現実の自然の外になんらかの超自然的原理を設定し、それに照準を合わせながら、この自然を見てゆこうとする特殊なものの考え方、思考様式という意味です。

木田元『反哲学史』より抜粋

この思考様式は、自然が人間の制作のための質料・材料となる「物質的自然観」と結びつくこととなります。

ここの部分は、プラトンのイデア論において考えると非常に分かりやすくなります。

プラトンにとっての超自然的原理とは、イデア(=形相)のことです。

そして、プラトンの思想のもとでは、イデアとしての理想の形があり、それを実現するための「質料」があるということになります。

このことが意味するのは、「質料・材料はイデアのために利用される存在」だというです。

何か究極的な目的や理想といった超自然的なものを自然の外に設定し、人間は自然を利用するという「物質的自然観」は、ギリシャ哲学において生まれた考え方なのです。

そして、科学技術の発展はこの極致といえるでしょう。

人間の進歩のための科学技術の発展は、自然の利用、破壊の上に成り立っているからです。

つまり、「物質的自然観」が後の近代の西洋哲学へ受け継がれ、全世界を覆いつくしたのが現代社会の姿ともいえるでしょう。

形而上学的原理の移り変わり

自然の外に設定される超自然的存在(本書ではしばしば「形而上学的原理」と呼ばれる)は、西洋思想において次のように移り変わりを見せていきます。

まず、プラトンにおいてはイデアであり、アリストテレスにおいては純粋形相です。

さらにアリストテレス以降中世までは「神」が、形而上学的原理としての力を持ちます。

中世において、哲学はキリスト教の権威を支えるものとして利用されており、この世界観においては唯一絶対のものとして「神」が存在しました。

そして、その後「理性」が形而上学的原理の座につくこととなります。

まずはデカルトが、「神」という絶対的存在を後ろ盾にしながらも人間の「理性」を見出します。

あの有名な「われ思うゆえにわれあり」はそのスタート地点でした。

そしてさらにその後カントが、人間の「理性」による世界の認識を分析し、神に頼らないかたちでの「理性」を確立することとなります。

経緯はともかくとして、「理性」が形而上学的原理の座についたことが、科学技術の発展を促し、19世紀以降のヨーロッパにおける産業革命・工業化・都市化へと結びつくこととなります。

その点については、本書の非常に興味深い部分なのでぜひ読んでみてください。

終わりに

今回は『反哲学史』の重要なキーワードであり、「本質存在と事実存在」「形而上学的思考様式」について紹介しました。

『反哲学史』は、この2つの概念を中心として、カント以降も、ヘーゲル、シェリング、マルクス、ニーチェという19世紀までの思想を読み解いていきます。

実は、ニーチェ以降の思想については、同じ著者の『現代の哲学』に続いていきます。

そちらは、本書よりもやや難解ですが、ぜひ読んでみることをお勧めします。

私自身もそうでしたが、西洋哲学に興味を持ち、気になる哲学者の入門書を読んでも、「各哲学者の思想は分かるが、繋がりがよく見えない」という状況に陥りがちです。

そういった意味でも、まずはこのような西洋哲学を貫く思想を学ぶことは、その理解にとても役に立ちます。

哲学に興味を持ち始めた人はもちろん、すでにある程度、哲学者の思想を知っている人にもぜひおすすめしたい1冊です。

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この記事を書いた人

大学時代は社会学専攻。
現在は、事業会社のWEB/メールマーケティングに携わる。


月5~10冊ほど読書します。
好きなジャンルは哲学、社会科学、マーケティング、データサイエンスなどで、知的好奇心に突き動かされジャンル問わず読みます。

土曜の朝の「さて今日は何をしよう」というぼんやりした時間が1週間で1番好きです。

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