20世紀の二大哲学書といえば、ハイデガー『存在と時間』とウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』です。
どちらも難解な哲学者ですが、特にウィトゲンシュタインの著作は、
「一つずつの言葉、文は分かるが、結局何が言いたいのか分からない」
という部分が多いのが特徴です。
例えば、ウィトゲンシュタインで比較的読みやすいとされる『青色本』の記述を見てみましょう。
「何が見えようと見るのは常にこの私だ」と言いたくさせる見方に捕らえられるとまた、「何かが見える場合常に見えているのはこれだ」と、「これ」と言いながら視野全体を抱えるような身振りをすることにもなる。(但し、「これ」でもって、たまたま見えた個別的事物のあれこれを意味しない)。そして、「私の指しているのは視野そのもので視野の中の何かではない」と言うかもしれない。だがそうしてもただ、もとの表現の無意味さを暴露するだけである。
ルートウィヒ・ウィトゲンシュタイン(大森 荘蔵訳)『青色本』ちくば学芸文庫
決して難解な言葉を使っているわけではありません。
しかし字面を追っているうちに頭の中の「?」が増えてくる。
ウィトゲンシュタインの思索に追いつけず、読者は取り残されてしまうわけです。
よって、ウィトゲンシュタインを読み進めるには、まず解説書の手を借りる他ありません。
今回は、初心者がウィトゲンシュタインに挑むために、読むべき入門書とその順番をご紹介いたします。
ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインとは?
ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン(1889-1951)
オーストリア・ウィーン出身の哲学者。
イギリスでバートランド・ラッセルのもとで哲学を学び、第一次世界大戦後に生前唯一の著作『論理哲学論考』を発表(前期思想)
その後、一度哲学から離れるものの、再び自身の哲学の再構築のためケンブリッジ大学の教授として哲学界へ復帰(中期・後期思想)
ウィトゲンシュタインの思想は、生涯にかけて大きく変化しており、その変化に沿って{前期・中期・後期}思想と区分されています。
前期の有名な『論理哲学論考』は、当時無名だったウィトゲンシュタインが、世界に衝撃を与えた著作です。
そしてなんと『論理哲学論考』で自身が哲学でやるべきことは終わったとして、哲学界を一度去ります。
何を思ったのか学校の教師となりましたが、10年の時を経て再び哲学への情熱を取り戻し復帰。
そこからスタートした中期・後期思想は、ウィトゲンシュタインの死後、遺稿を整理して出版された『哲学探究』に結実します。
まずは全体感を掴む
西洋思想の中でもひときわ異彩を放つウィトゲンシュタイン哲学。
彼の考え方を理解するためには、まず前期~後期に至るまでの全体像をつかむ必要があります。
そこでおすすめなのが次の3冊。
『はじめてのウィトゲンシュタイン』(古田 徹也)
「はじめて」とある通りとても読みやすく、前期~後期思想の特徴を満遍なく解説してくれます。
ウィトゲンシュタインの生涯にも、しっかりとフォーカスを当てているのがポイント。
ウィトゲンシュタインはその思想だけではなく、哲学が体現されたような生き方もまた魅力的なんですよね。
『ウィトゲンシュタイン入門』(永井 均)
ちくま新書の哲学者「入門」シリーズの中でも評判が高い1冊。
ウィトゲンシュタインの前期ー中期ー後期の思想の展開を、論理ー文法ー生活という世界の形式に対する見方の変化と捉え、分かりやすく説明されています。
入門とはいえある程度の知識を前提に読んだ方が理解が深まるため、『はじめてのウィトゲンシュタイン』の後の2冊目としておすすめです。
『ウィトゲンシュタインはこう考えた』(鬼界 彰夫)
後述する『哲学探究』訳者の鬼界彰夫による、ウィトゲンシュタイン解説の決定版。
特に中期以降に200ページ以上割かれており、手稿のテキストも参照してその思想を読み解いていきます。
ウィトゲンシュタインの前期から後期にかけての180°の転換は、突如として降って湧いたようなものではなく、中期の哲学的格闘の結実であるということがよく分かります。
『論理哲学論考』への入門
「語りえぬものについては、沈黙せねばならない」で有名な『論理哲学論考』は、ウィトゲンシュタイン生前唯一の著作です。
日本語では『論考』と略されることが多いです。
一から七までの主要な章と、それに付随する内容が「二・一」「二・二」「二・三」のような表現で記されるのが特徴で、「五・五三五一」といった、最早よく分からない数字も登場してきます。
マインドマップで整理しても手に負えない複雑さですね、、
しかし、この1冊のみで完成された体系を成している『論考』は、美しい哲学書としてこれまで多くの人を魅了してきました。
本書への入門書はたくさんありますが、次の2冊がおすすめです。
『言語哲学がはじまる』(野家 茂樹)
『論考』を読むには、フレーゲとラッセルの理解が不可欠なのですが、その繋がりをウィトゲンシュタイン視点から解説してくれる本は多くありません。
その点本書は、言語哲学への入門として、フレーゲとラッセル、ウィトゲンシュタインを対比しながら『論考』の理解を手引きしてくれる有益な1冊。
最終章の「『論理哲学論考』の言語論」は非常に明晰です。
『ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』を読む』(野家 茂樹)
著者は『言語哲学がはじまる』と同じ野矢茂樹。
後期『哲学探究』で否定される『論考』ですが、その明確な誤りは「要素命題の相互独立性」のみであり、それ自体も『論考』を根本から覆すものではない、というのが本書の主張の特徴です。
野矢茂樹は、岩波文庫『論理哲学論考』の訳者でもあり、『論考』を丁寧に一緒に読んでいくような感覚になるので、副読本としてピッタリです。
『論理哲学論考』は岩波文庫がおすすめ
ここまできたら実際に『論理哲学論考』に挑戦してみましょう。
これまでの流れでお察しのとおり、岩波文庫の野矢茂樹訳がおすすめです。
光文社古典新訳文庫の方も読んでみましたが、光文社古典新訳文庫にしては珍しく、岩波文庫訳に比べて格別読みやすい感じはありません。
どうやら光文社古典新訳文庫の方が、ウィトゲンシュタインの意図に忠実に訳すという意図があるようです。
しかし、アカデミックな世界に骨を埋めるわけではないならば、そこまで気にする必要はないでしょう。
『哲学探究』への入門
後期思想を代表するのが『哲学探究』
言語ゲーム論など、前期の『論考』からは大きく転換した思想が読み取れます。
『哲学探究』の特徴は、ウィトゲンシュタインの主張と、その主張を否定する相手との対話がイメージされている点です。
空想上の対話相手の反論を1つずつ潰し、ウィトゲンシュタインの主張を強固なものにしていく、という方法なのですが、この書き方がいかんせん分かりにくい、、
読んでいるとウィトゲンシュタインの主張は、どっち側なのか分からなくなるんですよね。
だからこそ、あらかじめ概観をつかんでおくことが重要です。
『言語ゲームの練習問題』(橋爪 大三郎)
「まずは練習問題から」というコンセプトの通り、ウィトゲンシュタインの言語ゲーム入門として最適な1冊。
練習問題とはいえ、ウィトゲンシュタインの核心をしっかりと突いており、晩年の『確実性について』にも触れています。
言語から生じる様々な疑問を通して、「ウィトゲンシュタイン的に考えること」がどういうことかが分かるという意味でも非常におすすめです。
『ウィトゲンシュタイン『哲学探究』入門』(中村 昇)
もう1段ステップアップするなら本書がおすすめ。
「言語ゲーム」「家族的類似性」「私的言語」といった『哲学探究』の主要なテーマを、あらかた理解できるようになります。
これらのポイントを押さえておくことで、『哲学探究』を読む際に「少なくとも迷子にならずに済む」くらいのレベルにはなれます。
『哲学探究』は鬼界彰夫訳がおすすめ
『哲学探究』を読むなら2020年刊行の鬼界彰夫訳がおすすめです。
鬼界彰夫は、さきほど紹介した『ウィトゲンシュタインはこう考えた』の著者ですね。
『哲学探究』は、ウィトゲンシュタインの思索を自由に記した、いわばスケッチの寄せ集めみたいな本で、愚直に最初から読んでも体系だった全体像が見えてきません。
その点、鬼界彰夫訳『哲学探究』は、各章ごとに主張の全体像や、別の章とのつながりなどの解説が充実しており、自分が読んでいる部分の位置づけが何となく分かります。
しかし、それでも難しいことこの上ないので、分からない部分は飛ばして読むのが賢明です。
ウィトゲンシュタインが日常言語を写し取ったスケッチ集ですから、読めるところだけでも十分に面白い本です。
終わりに
今回は、ウィトゲンシュタインに挑むための入門書を紹介しました。
ウィトゲンシュタインは、私たちに実に様々なものの見方・側面を教えてくれます。
『言語ゲームの練習問題』の中で、「ウィトゲンシュタインは宇宙人」だと(冗談で)書かれていました。
私たち地球人が当たり前だと思っていることの全てに、問いを投げかけるからです。
『哲学探究』からは、「こういう考え方もあるんじゃないか」「いやこうとも考えられる」とひたすら問答を繰り返すウィトゲンシュタインの姿がイメージできます。
1つの見方に捉われないように常に考えるというウィトゲンシュタインの姿勢。
ぜひ見習っていきたいものですね。
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