はじめまして、「迷子の読書家」を運営する「土曜の朝」です。
子どもの頃、読書といえば小説でした。
小学生の頃は、ハリーポッターシリーズや、星新一のショートショートなど夢中になって読んでいました。
中学生くらいからは、伊坂幸太郎や湊かなえ、東野圭吾など、人気作家さんの作品を手当たり次第に読んでいた記憶があります。
今、苦も無く読書ができるのは、その頃の読書体験があるからこそかもしれません。
学生時代は社会学専攻だったこともあり、課題として社会学の著作を読むこともありましたが、どちらかといえばそれは義務感だったかと思います。
その後、社会人になりいわゆるビジネス書というものを読むようになります。
緩い生き方で許される大学生から、厳しい社会へと投げ出され、否が応でも意識改革を求められたからです。
最初は仕事のために自己啓発やマーケティング関連の本を読み漁っていたのですが、いつに間にか「仕事のために」ではなく、「知的好奇心を満たすための」本を手に取る機会が増えていきました。
例えば、哲学や社会学などは、社会人が学んでも即効性が期待できる分野ではありません。
むしろ、資本主義や消費社会といったものへの距離を置くようなスタンスが強い分野かもしれません。
しかし、当ブログでは私からの「迷子のすすめ」として、役に立つのか立たないのか分からないけれども、知的好奇心が満たされる本を紹介していきます。
「迷子の読書家」について
「迷う」という言葉は、悪いイメージをもたれがちです。
単純に知らない場所で道を見失う様子や、「人生に迷っている」「あいつは血迷った」みたいな使われ方が多いのではないでしょうか。
目的が定まっていない、または目的に対して合理的な行動を取っていない場合に、それを揶揄する言葉として使われがちです。
しかし、私自身よく迷子になります。
というのも、最寄り駅から自宅までの道のりを、毎回違う道のりで帰りたくなるからです。
もちろん、最短経路は分かっていますが、なんとも魅力的な路地(とはいってもただの住宅街ですが…)や、どこに繋がっているのか分からない道があると、つい進みたくなります。
そして案の定、行き止まりだったり、自宅に近づいていなかったりします。
それは、決して効率の良い帰宅ではありません。
つまり迷子とは、大した目的もなく、知らない世界に踏み出した結果です。
しかし、そんなことを繰り返すうちに、近所の道を全て知り尽くすことができます。
「線路の向こう側へ出れる近道」「実は近所にひっそりとたたずむ駄菓子屋」「夕日が綺麗に見える住宅街の高台」など
Googleマップの最短経路ばかりを歩いていては、決して知りえない世界に出会うことができます。
たかが近所の散歩ごときで大げさかもしれません。
しかし、実は読書にも同じようなことがいえるのではないかと思います。
勉強とは目的のための手段であり、自分のキャリアやビジョンといった崇高な目的に向かって、合理的に知識を獲得すべきとされます。
その価値観において、目的に対して役に立たないことは、それがどんなに面白そうなものでも無意味です。
もちろん、Googleマップで目的地を設定し、最短経路で迷わず向かうのはとても重要なことです。
しかし、それは最短経路以外を捨て去ることでもあります。
最短経路だけでは、見れない景色、知ることができない世界がきっとあります。
当ブログは、そんなことを考えている私からの「迷子のすすめ」として、あなたの知的好奇心を刺激できる本を紹介していきます。
迷子になるために必要なのは、「何の役に立つかは分からないけれども、何かについて知りたい」という気持ちだけです。
ぜひ当ブログで、あなたの好奇心を満足させる1冊を見つけてみてはいかがでしょうか?